明治初期より続く芸術教育論思潮が唱える「眼の陶冶」(芸術を見る目を養うべし)というスローガンが、国民をして自発的に国家社会の優良な構成員となるよう仕向ける目的をもっていた点を明らかにした。この思潮と激しく対立した、片上伸を中心論客とする大正期文芸教育論は、一見芸術教育論の論点・論法を踏襲しているが、実はそれとは正反対の方向、すなわち、個人の真に主体的な感情を開花させる目的を持っていた事実を指摘した。