本文は従来の、周樹人(すなわち後の魯迅)が日本留学期において、どのように近代思想・文学と接し、どのように自分の「世界的見識」を拡げ、そしてどのように自分の「人」と「文学」に関する観念を打ち立てたかという枠組みのなかで、明治30年代の「美的生活」論争を背景とする齋藤野之人などの「国家と詩人」言説と周樹人の「人」や「文学」に関する立論との関連性を重点的に検証し、魯迅文学の「原点」というべき時期に、周樹人の人間観と文学観の形成とつながる、当時の彼の思想的、文学的思考と価値判断を明らかにし、その今日的な意義を論ずるものである。
具体的には以下の諸問題に触れる。1.周樹人の知的基盤と明治日本の教育環境;2.周樹人の出会った思潮と彼の選択;3.文明批評における「シュティルナー」や「ニーチェ」を通しての「個人」発見;4.「個人」言説のなかで「詩人」と「文学」の位置とその役割;5.「詩人」即ち「人」の価値を上位に置く;6.周樹人の救国方策――「立人」;7.方法の「詩人」として――「摩羅詩力説」に関する解釈;8.文学の出発点に立つ周樹人の今日的意義。