イングランドにおけるカトリシズムは、16世紀の国民国家の建設と密接に結びついた宗教改革によってマイノリティの立場に貶められたが、1829年のカトリック教徒解放令によって政治的差別が撤廃され、さらに1850年に司教区が再設置されると、20世紀前半にかけてはエスタブリッシュメントの批判勢力として、その存在を主張できるまでにその勢力を復活させた。産業革命による都市化と工業化から発生した社会問題と、進化論をはじめとする科学偏重主義の波に洗われ、伝統的なキリスト教の価値観に基づいた人間性の理解が崩され、結果として人生の質が大きく悪化していく現実に警告を発したのである。
資本主義のエトスを創出したのがプロテスタンティズム、なかんずくピューリタニズムの信仰であったとすると、ようやく信仰の自由を認められたカトリック知識人たちは、近代の流れを逆行するかのように、宗教改革以前の、すなわちヨーロッパがまだカトリック教会を中心に一つのクリスンダムを構成していた時代に、近代資本主義社会の病弊を癒すための処方箋を求めた。本研究は、思想史的な流れとしては、中世に憧憬を感じたロマン主義運動の中に包摂できる、こうしたカトリックの中世主義者の中世主義イデオロギーを考察した。従来、ヨーロッパに共通する基盤文化を形成したカトリシズムを積極的に評価したカトリックの文学者、思想家について、中世主義の視点からはほとんど研究されてこなかった。
本研究では、「保守的急進主義者」とも呼ぶべきG.K.チェスタトン、H.ベロックの反産業資本主義、反国家資本主義の思想であるDistributism(所有権分配主義)、また、これを実践したエリック・ギルについて、さらには、T.S.エリオットと、彼が『異神を追うて』のなかで言及したアレン・テイトをはじめとするアメリカ南部の知識人たちが唱えた土地均分論(Agrarianism)との関係について研究を行った。