本稿は、田漢の歴史話劇作品『春帆楼上的対話』と『朝鮮風雲』の台本を精査し、材源として用いられたと思われる『中日議和紀略』や『清光緒朝中日交渉史料』との比較を行い、そこから見られる田漢の創作活動を考察した。1938年に創作した『春帆楼上的対話』の内容は、全面的に『中日議和紀略』を用いたと考えられるが、田漢は主に、①登場人物の表情や仕草に関する描写、②劇上演時のナレーションと思われる台詞、という二点から独自の創作を加えた。これは「劇本荒」のニーズ及び当時の政治的背景に応じるように創作されたと思われる。一方、1948年に創作した『朝鮮風雲』は長いスパーンで、朝鮮半島の数十年に渡る歴史を描いた長編作品であるが、『清光緒朝中日交渉史料』をそのまま用いた箇所は少なく、単一の材源(史料)に依拠して創作したとは考えにくい。ただし、『春帆楼上的対話』から『朝鮮風雲』まで、田漢が歴史話劇創作をめぐって、材源と創作の間で常に模索し続けていたのは間違いない。