本稿は、商務印書館や開明書店の元編集者だった王伯祥の日記を対象に、彼の戦前・戦中の日常生活の実態を調査し、その娯楽行動のパターンを分析することを通して、近代知識人の娯楽経験のあり方を考察する試みである。王伯祥の娯楽経験は、主に昆劇や評弾といった伝統芸能、そして映画や話劇といった新興娯楽文芸と同時かつ頻繁に接触したものである。上演会場を訪れて舞台鑑賞するほか、自宅ではレコードやラジオ放送をも楽しむ、といった日常的なスタイルであった。王伯祥の娯楽経験において大きな割合を占めたのは、昆劇(曲)の鑑賞であるが、1937年以降評弾を楽しむことは増えていた。映画鑑賞の経験に関しては、「国産」の中国映画に対しては、王伯祥は当初に抱いていた悪い印象から徐々に変化し、1930年代半ば以降中国映画の進歩を評価する側に回った。一方、外国映画に関して王伯祥は、アメリカだけでなく、ドイツ・フランス・ロシア(ソ連)の映画作品にも関心を示し、それらの比較をしながら、内容の深刻さや作品の完成度などに注目していた。一方、新興文芸である話劇に対しては、王伯祥は基本高く評価している。そこから彼の新興文芸への理解と支持が見られるのである。