筆者は,音楽科では先行例のなかった,教師の「実践知(practical knowledge)」研究に基づく新人教師教育プログラム開発に着手してきた。この取り組みは,「反省的実践家(reflective practitioner)」理論による教師教育への提言として結実したが,未解決の課題も残した。その課題とは,一人の教師の実践知に包含される二つの知,すなわち「即時の知」と「信念・価値観としての知」(次章で詳述する)が,それぞれ別の被験者から個別に抽出されており,同一教師を対象とした包括的な解明がなされていない点である。さらに言えば,この二つの知の相互作用に関しても,未だ明らかにできてはいない。
そこで本研究では,これらの課題を切り口として,音楽科授業を行う一人の新人教師から「即時の知」と「信念・価値観としての知」を包括的に抽出する。さらには,二つの知の相互作用も視野に入れた実践知解明を通じて,音楽科における新人教師教育への提言を試みる。