作者・川上と同年齢の語り手を配した『水声』は、近親相姦という特殊な愛を語りながら、時代を揺るがした実際の事件や災害を後景化することにより、奇妙なリアリティと共に神話性を醸し出している。殊に、ママと奈穂子に重ねられる〈白〉の色彩は、戦時下の空襲、チェルノブイリ原発事故、地下鉄サリン事件、そして東日本大震災という人間という種が科学への過信や傲りの果てに引き起こした破壊の果ての空無の表象ともなっている。語り手とその弟との関係が、そうした世界の破壊と再生の中で、男女の愛の原形として浮かび上がってくることを論証した。