奈良・当麻寺に伝わる綴織当麻曼荼羅図については、古くより中国製の可能性も指摘されており、筆者もまた本図を中国製と解し、唐代西方浄土変における本図の位置づけについて論じたことがある。しかし、日本への伝来方法や伝来時期については、いまだ明らかにされていない点も多く残されている。そこで本稿では、綴織当麻曼荼羅図を中国製とみる立場から、奈良朝における唐代仏教美術の移入の一事例として、本図の日本伝来をめぐる諸事情について考察を加える。