中国仏教の仏身論は、二身論から三身論、そして四身論へと展開していくが、基本は真身と応身の二身を立てる二身論である。三身論を用いて仏身を論じられた際に問題となったのは、報身の性格である。『大乗起信論』は菩薩を教化する仏身、つまり他受用身としたが、浄影寺慧遠は仏のみが感得できる自受用身とした。それらに対して吉蔵は報身を二つに分け自受用身と他受用身に分けて理解し、後の四身論へと展開する端緒となった。吉蔵がこのような理解をしたのは、真諦訳『摂大乗論釈』を解釈に使用することが可能だったからである。