本稿は広学会という機構自体や、西学書籍群が、維新派に対して及ぼしたとされる顕著な影響の一端について、闡明するために存在する。ゆえに、両者の間に「友情と信頼」の存在するケースが見られたか否か、その点から議論を開始する。論考時には、中国側と西洋側の各史料を数点ずつ精選し、それらを比較・検討してゆく作業を通じて、両者間の微妙な関係性を垣間見ていった。こうした考察過程を経て、筆者は、両者(維新派と広学会)の間には(限定的にではあるが)「友情と信頼」に基づく関係性が確かに構築されていたとする見解に到達した。